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    • 2019.07.14 Sunday
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    王の舞のこと

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      おはようございます。Kです。

      今日、4月18日は、若狭町田井6集落が関係する多由比(たゆい)神社の例祭神事の日です。若狭に伝わる伝統文化である王の舞(鼻高面と鉾をもった舞手による舞)や、浦安の舞(女子の舞:東京ディ○ニーランドを祝う祭りではありません)、エッサカエット(白布で顔を隠した二人が向き合い、扇で口元を隠しながら言葉を交わす珍しい神事)などが行われます。

      4月初旬から今日まで、春の例祭神事として多くの神社で王の舞が実施されてきましたが、今年度から若狭町域の王の舞は、すべて指定文化財となりました。国選択無形民俗文化財、県指定無形民俗文化財、町指定無形民俗文化財の区別がありますが、これまで未指定だった7つの王の舞が新たに町指定文化財となったのです。

      王の舞は、当地方では「おのまい」と発音することが多いのですが、全国的には非常に貴重な民俗芸能です。平安時代末期の『年中行事絵巻』には、現在実施されている王の舞とそっくりの姿で描かれており、少なくとも800年以上前(!)から存在していたことがわかります。

      若狭には遅くとも鎌倉時代頃には伝わり、当時都の荘園だった集落鎮守社の祭礼としてスタートしたと考えられています。宇波西神社(若狭町気山)や弥美神社(美浜町宮代)のように舞の時間が1時間近くと長く複雑なものから、多由比神社のように2分間ほどで終わるもの、闇見神社(若狭町成願寺)や日枝神社(若狭町麻生野)のように子供が舞うものなど、数々のバリエーションがあり、数百年の歴史の中で少しずつ変化していったことが伺われます。

      これからの季節に見られる王の舞としては、弥美神社(5月1日)、信露貴彦神社・久豆弥神社のお田植祭(敦賀市沓見:5月5日)、椎村神社の王の舞(小浜市若狭:5月5日)、織田神社の王の舞(美浜町佐田:5月11日)、広嶺神社の祇園祭(若狭町日笠:7月最終日曜日)、いざなぎ神社の龍舞(高浜町小和田:10月17日)などがあります(参考文献『王の舞を見に行こう!』・福井県立若狭歴史民俗資料館・2004年)。


      丸岡城の年代測定その2(190327)

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        たびたびKです。丸岡城には、かつて当館友の会DOKIDOKI会の研修で訪れたことがあります。北陸自動車道丸岡インターチェンジからも遠く望むことができますが、本当にこぢんまりとしたお城です。その年代測定の話題その2です。



        前記事で、 嵎射性炭素年代測定法」◆崘輪年代測定法」「酸素同位体比年代測定法」という3つの年代測定法を紹介しました。については近年分析例が増えてきておりますが、△帆箸濆腓錣擦銅木年輪の1本1本ごとの酸素同位体を取り出して測定する方法が実施されています。年輪1本の幅は狭いので、かなり大変な作業だと思いますが、いわば1年ごとの酸素同位体比グラフができるわけで、基準となる年代グラフさえあればかなり精度の高いデータが得られるのです。



        丸岡城の場合、城の部材の年代が測定されたのですが、重要なのは、最も外側にある年輪の年代です。樹木は部材として伐採される直前まで生きているわけですから、伐採された年の環境情報(放射性炭素と酸素同位体)が最も外側の年輪部分に保存されているのです。



        木の皮をはいだり、削ったりしている場合、その部分よりも古い情報しか残りませんが、逆に江戸時代の年輪が残っている部材ならば、戦国時代に築造されたものではないわけです。



        丸岡城では、構造上最も重要な通し柱が1626年以降に伐採されたことがわかりましたので、「現存する天守は、天正4年に柴田勝豊が築いた説」は成り立ちにくいことになりました。しかし、天正年間に先代となる天守があり、その部材や様式を引き継いで現存する天守がつくられたという可能性も残っています。



        その古式の様式から「現存する最古の天守」と丸岡城は呼ばれていました。科学分析という新たな視点から、今後は違った角度から評価されていくことになるでしょう。



        丸岡城の年代測定その1(190327)

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          こんにちは。Kです。本日はきれいに晴れ渡った若狭です。先週は一時的にみぞれが降り、上中地域では地面が白くなる等、N課長の顔が青くなるような事態がありましたが、春が戻って参りました。

          さて、今朝の福井新聞をはじめとする福井県関連ニュースの中で最も大きかったと思われるのが「丸岡城天守 寛永の建築」の話題です。丸岡城とは、福井県坂井市丸岡町霞町1-59にある望楼型と呼ばれる古い様式の平山城です。「現存する日本最古の天守閣」として知られた国重要文化財です。

          本日の報道では、丸岡城調査研究委員会による調査で、戦国時代天正年間の15世紀後半(1576年)に築かれたとされた丸岡城が、実は江戸時代寛永年間の16世紀前半(1624年以降)に築かれた可能性が高くなったとされました。では、何を根拠にしているのでしょうか。

          水月湖年縞は、 嵎射性炭素年代測定法」という、特殊な炭素の経年変化を基にした方法を使って「地質学的年代の世界標準」になりました。丸岡城の部材調査では、この方法も採用されました。樹木の年輪を用いた◆崘輪年代測定法」は日本ではヒノキ、スギなどの樹種でデータが蓄積していますが、丸岡城ではこちらも採用されました。

          そして「酸素同位体比年代測定法」という、酸素安定同位体2種の比率変化を基にした方法も丸岡城の調査に採用されました。 ↓◆↓の方法を複合した結果、丸岡城の通し柱をはじめとする多くの部材が、1620年代後半以降に伐採されたことがわかったそうです。

          天正年間の城主は柴田勝豊(柴田勝家のおい)、寛永年間の城主は本多成重(丸岡藩初代藩主)であり、後者の入城(1624年)以降に整備された可能性が高いと同調査研究委員会では判断しています。では、その違いが何を意味するのでしょうか。続きはその2にて。

          獅子頭の帰還(190318)

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            たびたびKです。この2週間ほどは、縄文博物館運営協議会があったり、町内天然記念物の被害確認があったり、若狭町文化財保護審議会があったり・・・となかなかに気の抜けない日々でした。いやぁ、「気の抜けた日々」を送るのは年を取ってからでいいという話もありますが。



            さて、ジェダイの…ではなく獅子頭の帰還の話題です。民俗資料である能登神社の獅子頭を先日ご返却いただきました。貸出先は福井県立若狭歴史博物館ミニ展「若狭路の獅子頭」です。同館K館長自らの企画です。



            当館が保管をしている能登神社の獅子頭は、古い方のもの(元文5年・1740年)で、毎年4月15日に行われる能登神社の祭りでは新しい方を使用しています。ミニ展には各地の獅子頭が展示されておりましたが、「いかにも獅子頭」というものもあれば、「これって獅子頭なの?」という変わった形のものもあり、楽しめました。



            若狭地方には春の祭りで獅子舞を行う地区が多いのですが、厳密には獅子「舞」ではなく、獅子「ただ着いて行く」という地区もあります。K館長にお聞きすると、王の舞や田楽など、他に見せ場のある行事が多くて獅子頭の出番がなかったのかも、とのことですが、由来も含めてわからないことが多いそうです。

            県指定文化財「みかえりのマツ」の被害と復旧について(その11・完結)

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              こんにちは。Kです。



              昨日3月9日から本日10日まで、JA梅の里会館で、梅祭りが開催されていました。毎年恒例のまつりで、多くの観光客で賑わっておりました(Kは別の用事で近くまで行きました)。当館のA室長とIさんも、縄文博物館・年縞博物館共通割引券を配布するため、9日に現地にお邪魔していました。本日は券を配布する年縞博物館のDさんを見かけました。



              さて、みかえりのマツの被害と復旧についてまとめたいと思います。昨年8月〜9月末にかけて若狭地方に接近ないし通過した3つの台風(20号、21号、24号)によって、県指定天然記念物「円成寺のみかえりのマツ」の支柱が倒れたり、枝が着地するなどの被害が生じました。



              地元の円成寺檀家総代さん、造園業者の協力を得て、県・町の補助金を活用した復旧事業を行い、マツを台風前の状況に戻し、支柱などは以前よりも強力な補強を施すことができました。



              来週3月13日は、福井県内のボランティアガイドの会の総会が若狭町で開催され、県内各所の方々がグループでみかえりのマツを見学されることになっています。若狭町みかたの語り部の会の方々もはりきっておられました。ぜひ、このブログをご覧になった皆様も現地で元気なマツの姿を見ていただけるとうれしく思います。

              県指定文化財「みかえりのマツ」の被害と復旧について(その10)

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                本日、何度目かのKです。みかえりのマツ記事の続きです。



                当ブログでは、話のきっかけとして天気・気候の話題を入れることが多いのですが、昨年〜今年ほど、例年の常識が通用しない夏・秋・冬はありませんでした。暖冬予報だったのに2018年末には、「史上最強の寒波襲来」と報じられたり、実際にフタを開けてみれば、今シーズンは史上第2位の少積雪(敦賀市で最大5センチ)であったり、何もかもが常識外れでした。



                気候が大きく変動する時期、一時的に気候が「暴れる」ことがある、とは、中川毅古気候学研究センター長のお言葉ですが、「人間が誰ひとりそれを望んでいなくても、自然は自然で淡々と進んでいくのが無常だなぁ」と思わずにはいられません。



                さて、雪がいつ降るかわからない状況で、みかえりのマツの復旧作業がスタートしたのは、12月5日で、7日にはほぼ終了していました。三方地域で初積雪があったのが、12月9日と「みかえりの手帳」にあります。まさにギリギリのタイミングだったようです。



                Kは作業の様子を毎日見に行っていましたが、専門の造園業者さんだけあって「さすが!」の一言でした。倒れたヒューム管を復旧し、外れた木杖型支柱を適切な場所に移動して、固定しなおしていきます。感動したのは、木杖型支柱同士を別材で固定し、倒れにくく工夫されていることでした。「1本の矢なら折れてしまうが、3本ならば折れない」という例えをリアルで目にすることができました。もっとも、みかえりのマツの場合1本→3本だけでなく、1本→8本などというケースもありましたが…。



                ともかく、無事に復旧がかない、12月21日には事業も完了しました。続きは(まだあるの?)その11にて。

                県指定文化財「みかえりのマツ」の被害と復旧について(その9)

                0
                  みたびKです。先の記事で昨年体調を崩したと書きましたが、今はピンピンしています。昔は髪の毛もピンピンしていました(が、今は落ち着いています)。ということで、みかえりのマツの記事の続きです。



                  みかえりのマツを見て、檀家総代さんや造園業者さんが口をそろえて言ったのは、「先生に早めに診てもらった方がいい」とのことでした。Kは部分的に変色して枯れている枝先の写真を、樹木医のI先生のもとにメールで送り、状況を説明しました。幸い、すぐに診察いただけることになり、2度目のご訪問が実現したのが、11月26日でした。



                  11月26日は、ちょうど地元老人会の皆さんによる社会奉仕の総出があり、Kが到着した朝9時ごろには、作業を終えた人々が帰るところでした。その場に残っておられた檀家総代さんたちと、 I先生を迎えました。



                  I先生は、開口一番、「葉ふるい病です」と宣告されました。菌による病気で、枝の先端に近いところから葉が茶色く枯れて脱落していきます。脱落すると、葉はもう元には戻らず、今度は枯れた枝ごと脱落していくそうです(!)。



                  マツは常緑の針葉樹ですが、11月上旬ころに古い葉が自然落葉し、枝の先端の葉から更新していきます。檀家総代さんたちはみかえりのマツをよく見ていてくださったのですが、例年の自然落葉と区別がつかなく、気づくのに時間がかかったそうです。



                  治療法は、専用の薬品による消毒で、檀家総代さんに早速着手していただくことになりました。みかえりのマツは年間10回ほどの消毒を行っているのですが、例年のスケジュールではこの時期の消毒がなかったので、年間スケジュールも来年から変更することになりました。I先生にタイミングよく診ていただき、本当によかったと思います。



                  その後、天候を見ながら今度は枝や支柱の被害復旧作業にかかることになりました。続きはその10にて。

                  県指定文化財「みかえりのマツ」の被害と復旧について(その8)

                  0
                    たびたびKです。



                    2月が終わると、いよいよ年度末ですが、若狭では気候が暖かくなり、「いかにも雪解けして、雪国でなくなる」というイメージが湧くためか、来場者数が増加に転じます。実はイメージではなく、本当にそうなので、皆様もぜひお出かけください。3月9日・10日の週末には、梅まつりが、当館から車で10分の梅の里会館で開催されますのであわせてどうぞ。



                    さて、梅の木は昨年の台風による被害(実が落ちるとか、根が持ち上がるとか)がなかったのですが、マツの木は深刻な被害が出ました。ということで、福井県指定天然記念物「円成寺のみかえりのマツ」の記事です。



                    9月30日の台風24号の通過後、被害復旧に関わる事業に着手するため、いよいよ事務手続きを進めていくことになりました。もう、今シーズンの台風は終わりとの見込みもありました。



                    造園業者に見積書を提出してもらったり、補助金を交付してくれる県への連絡、申請書類の作成と提出、円成寺檀家総代の方への連絡などなど。11月中旬くらいまでは他の業務も非常に繁忙な時期だったため、Kも体調を崩すなど、いろいろとしんどい時期でした。



                    そんな折、檀家総代さんから1本の電話が…。「みかえりのマツがどうもおかしい。病気かもしれない。」とのこと。Kの方が病気になりそうな気持ちでしたが、現地で確認すると確かに葉が枯れているようです。続きはその9にて。

                    県指定文化財「みかえりのマツ」の被害と復旧について(その7)

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                      たびたびKです。ここ数日続けている「みかえりのマツ」の記事ですが、当初「その5くらいで終わりかな」と思っていたのが、ズルズルズルと続いています。災害列島日本をある意味象徴するような事例ですので、いましばしお付き合いください。



                      さて、昨シーズン3回目の大型台風24号が若狭地方に最接近したのは、2018年9月30日の午後9時〜0時頃にかけてでした。この日は日曜日で、第3回若狭町歴史環境講座を予定していました。3回目の台風ということもあり、警戒して9月28日に「10月7日延期のお知らせをした」、と「みかえりの手帳」に記録があります。



                      昼間は雨風ともに強くなかったのですが、帰宅後の夜半に強くなり、夜中に目覚めて台風が去ったのを実感した記憶があります。翌10月1日、当課のO補佐とともに、町内文化財の被害状況確認に行きました。



                      2回目の台風(21号)来襲後、どの支柱に被害があったかを既に記録済みだったのですが、今回もさらにそれに上書きすることになりました。原図は、修理を担当している造園業者が過去にトランシットという測量機材を用いて造ったものです。



                      この原図、かなり正確にできており、みかえりのマツの主幹から伸びるa〜iの計9本の太枝の位置・分岐部分だけでなく、支柱の位置や番号までが記載されています。ただし、作成されてから10年が経過しており、その間の支柱の更新や枝の伸張までは反映できておらず、被害状況記録の際は現地で修正しながら記載しなければなりませんでした。



                      1本の太枝につき、支柱は大小合わせて数10本、最多で55本も記載されています。新たに枝が伸びて、旧図面にない支柱があったり、既に欠番になっているものが混在し、現地で行ったり来たりしながら、手元の図面に書き込んでいきました。あっという間に図面が真っ黒の文字だらけとなり、へんな汗をかきました。



                      台風24号来襲後、新たに南側に2ヶ所の枝先の着地があったり、太枝同士が上下に交差して癒着した部分がゆがんで外れてしまったりしていました。木杖型の支柱が外れてしまったためです。コンクリート製のヒューム管と呼ばれる太い支柱はすでに倒れたり傾いたりして、それ以上の変化はありませんでしたが、早く直してあげないと、という危機感はつのりました。続きはその8にて。

                      県指定文化財「みかえりのマツ」の被害と復旧について(その6)

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                        みたびKです。「みかえりのマツ」について、さらに続けます。



                        2つの台風の被害状況の確認と並行して、復旧に必要な作業やその費用についても調べ始めました。みかえりのマツは、平成20年、28年にもそれぞれ太枝支柱の更新・復旧を行っており、その時は、福井県・若狭町から補助金を得て、円成寺檀家総代が事業主となり作業を進めました。



                        作業といっても、円成寺檀家総代さんがふだん行っている、薬剤散布による消毒や清掃といった日常管理の範囲ではとてもできません。クレーンで人間の胴体よりも太い枝を「じわじわ」と持ち上げ、倒れてしまったコンクリート製の支柱を元に戻したり、2階の床くらいの高さがある木製支柱を固定し直したりする作業もあります。何せ枝張の直径が25mもある巨木なので、全てのスケールが大きいのです。



                        今回は、以前からお世話になっている造園業者さんに相談し、歴史文化課・円成寺檀家総代・造園業者で連絡を取り合いながら、作業の方針を固めていきました。もちろん県から補助金を支出してもらうための手続きや、町からの補助金を補正予算として計上したりする事務処理も必要になりました。Kも当然ながら忙しくなりましたが、「みかえり手帳」では足りなかったので、別につけていた「太陽山円成寺みかえりのマツ 復旧に関わる協議の記録」を元にこの記事を書いています。



                        作業は9月、10月の台風シーズンを過ぎてから、と想定はしていましたが、そうしているうちに、本当に3番目の台風がやってきました。台風24号です。続きはその7にて。

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