特別企画展資料調査(190410・11)

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    たびたびKです。今日は快晴で、ドライブ&散歩日和です。ぜひ三方五湖レインボーラインや縄文ロマンパークも散策してください。



    こういう春らしい爽やかな日に出張をしたかったのですが、先日4月10日・11日は土砂降りの雨の中を福島県いわき市まで行って参りました。やはりKは雨雪男のようです。



    同行していたのは、福井県年縞博物館のN学芸員です。出張の目的は、夏に実施予定の年縞博物館・縄文博物館共同の特別企画展の資料調査です。資料の一部が保管されている東日本国際大学を訪ね、記念講演会の打ち合わせと資料選択を進めました。



    ちなみに、福井県敦賀駅から東京駅まで約2時間30分、東京駅からいわき駅まで約2時間30分かかります。片道は正味6時間かかる出張で、なかなかグレートなジャーニーでありました。

    Kはまさに「お供」に近い状態であまり役に立たなかったのですが、先方からご提案もたくさんいただき、興味深い展示になりそうです。現在N学芸員が中心となって展示資料リストを作成している段階ですが、夏休みに向けて準備を進めたいと思います。

    王の舞のこと

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      おはようございます。Kです。

      今日、4月18日は、若狭町田井6集落が関係する多由比(たゆい)神社の例祭神事の日です。若狭に伝わる伝統文化である王の舞(鼻高面と鉾をもった舞手による舞)や、浦安の舞(女子の舞:東京ディ○ニーランドを祝う祭りではありません)、エッサカエット(白布で顔を隠した二人が向き合い、扇で口元を隠しながら言葉を交わす珍しい神事)などが行われます。

      4月初旬から今日まで、春の例祭神事として多くの神社で王の舞が実施されてきましたが、今年度から若狭町域の王の舞は、すべて指定文化財となりました。国選択無形民俗文化財、県指定無形民俗文化財、町指定無形民俗文化財の区別がありますが、これまで未指定だった7つの王の舞が新たに町指定文化財となったのです。

      王の舞は、当地方では「おのまい」と発音することが多いのですが、全国的には非常に貴重な民俗芸能です。平安時代末期の『年中行事絵巻』には、現在実施されている王の舞とそっくりの姿で描かれており、少なくとも800年以上前(!)から存在していたことがわかります。

      若狭には遅くとも鎌倉時代頃には伝わり、当時都の荘園だった集落鎮守社の祭礼としてスタートしたと考えられています。宇波西神社(若狭町気山)や弥美神社(美浜町宮代)のように舞の時間が1時間近くと長く複雑なものから、多由比神社のように2分間ほどで終わるもの、闇見神社(若狭町成願寺)や日枝神社(若狭町麻生野)のように子供が舞うものなど、数々のバリエーションがあり、数百年の歴史の中で少しずつ変化していったことが伺われます。

      これからの季節に見られる王の舞としては、弥美神社(5月1日)、信露貴彦神社・久豆弥神社のお田植祭(敦賀市沓見:5月5日)、椎村神社の王の舞(小浜市若狭:5月5日)、織田神社の王の舞(美浜町佐田:5月11日)、広嶺神社の祇園祭(若狭町日笠:7月最終日曜日)、いざなぎ神社の龍舞(高浜町小和田:10月17日)などがあります(参考文献『王の舞を見に行こう!』・福井県立若狭歴史民俗資料館・2004年)。


      新年度がスタートしました。

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        こんにちは。Kです。新年度「令和元年度」が5月1日にスタートすることが公表されました。しかし、4月30日までは「平成31年度」ですので、来月まではこの表記を使います。



        さて、当館でも新年度の体制がスタートしています。新メンバーも含めてご紹介いたします。

        ・N歴史文化課課長・若狭三方縄文博物館館長:今年度は最後のお勤めの年になります。

        ・O歴史文化課課長補佐・副館長:新メンバーです。上中庁舎管理者からの異動です。

        ・O歴史文化課課長補佐:上のOさんと名字が同じです(実は役職も…職員もややこしい?)。主に熊川宿担当です。

        ・A縄文環境室長:主に博物館運営と三方五湖関係担当です。

        ・K主査:新メンバーです。かつて当館施設管理や友の会担当もしておりました。

        ・U主査:主に三方五湖関係と施設管理担当です。

        ・I主査:主に博物館運営担当です。縄文ガールズのプロデューサーでもあります。

        ・N技能員:主に博物館庶務担当です。

        ・K:このブログの中の人です。引き続きよろしくお願いいたします。



        人数を数えると、何と一人増員されています(星に願いをかけておりましたから…)。ということで、新年度の若狭三方縄文博物館をどうぞよろしくお願いいたします。

        縄文博物館新年度の情報(190327)

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          みたびKです。年度末になり、当館職員に対しても人事異動が発令されました。一部新聞報道もされておりますが、情報をお知らせいたします。

          若狭三方縄文博物館(旧称:三方町縄文博物館)初代館長は、哲学者の故梅原猛氏が務めました。1月12日に梅原氏が逝去され、今年度いっぱいは、館長不在の状態でした。

          来年度4月1日より、若狭三方縄文博物館では職員から館長及び副館長が就任することになりました。また辞令が交付されましたらメンバーをご紹介します。

          Kをはじめとする他の職員に大きな変化はありませんが(多少、職名が変わる人もいます)、縄文ロマンパークの管理や体験講座を担当していたMさんが退職することになり、一同涙しております(これは事実)。ブログ読者の皆さんの中には、火おこし体験や勾玉づくりを指導するMさんに接する機会があった方もおられるかもしれません。また新たなステージで活躍されることをお祈りしています。

          丸岡城の年代測定その2(190327)

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            たびたびKです。丸岡城には、かつて当館友の会DOKIDOKI会の研修で訪れたことがあります。北陸自動車道丸岡インターチェンジからも遠く望むことができますが、本当にこぢんまりとしたお城です。その年代測定の話題その2です。



            前記事で、 嵎射性炭素年代測定法」◆崘輪年代測定法」「酸素同位体比年代測定法」という3つの年代測定法を紹介しました。については近年分析例が増えてきておりますが、△帆箸濆腓錣擦銅木年輪の1本1本ごとの酸素同位体を取り出して測定する方法が実施されています。年輪1本の幅は狭いので、かなり大変な作業だと思いますが、いわば1年ごとの酸素同位体比グラフができるわけで、基準となる年代グラフさえあればかなり精度の高いデータが得られるのです。



            丸岡城の場合、城の部材の年代が測定されたのですが、重要なのは、最も外側にある年輪の年代です。樹木は部材として伐採される直前まで生きているわけですから、伐採された年の環境情報(放射性炭素と酸素同位体)が最も外側の年輪部分に保存されているのです。



            木の皮をはいだり、削ったりしている場合、その部分よりも古い情報しか残りませんが、逆に江戸時代の年輪が残っている部材ならば、戦国時代に築造されたものではないわけです。



            丸岡城では、構造上最も重要な通し柱が1626年以降に伐採されたことがわかりましたので、「現存する天守は、天正4年に柴田勝豊が築いた説」は成り立ちにくいことになりました。しかし、天正年間に先代となる天守があり、その部材や様式を引き継いで現存する天守がつくられたという可能性も残っています。



            その古式の様式から「現存する最古の天守」と丸岡城は呼ばれていました。科学分析という新たな視点から、今後は違った角度から評価されていくことになるでしょう。



            丸岡城の年代測定その1(190327)

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              こんにちは。Kです。本日はきれいに晴れ渡った若狭です。先週は一時的にみぞれが降り、上中地域では地面が白くなる等、N課長の顔が青くなるような事態がありましたが、春が戻って参りました。

              さて、今朝の福井新聞をはじめとする福井県関連ニュースの中で最も大きかったと思われるのが「丸岡城天守 寛永の建築」の話題です。丸岡城とは、福井県坂井市丸岡町霞町1-59にある望楼型と呼ばれる古い様式の平山城です。「現存する日本最古の天守閣」として知られた国重要文化財です。

              本日の報道では、丸岡城調査研究委員会による調査で、戦国時代天正年間の15世紀後半(1576年)に築かれたとされた丸岡城が、実は江戸時代寛永年間の16世紀前半(1624年以降)に築かれた可能性が高くなったとされました。では、何を根拠にしているのでしょうか。

              水月湖年縞は、 嵎射性炭素年代測定法」という、特殊な炭素の経年変化を基にした方法を使って「地質学的年代の世界標準」になりました。丸岡城の部材調査では、この方法も採用されました。樹木の年輪を用いた◆崘輪年代測定法」は日本ではヒノキ、スギなどの樹種でデータが蓄積していますが、丸岡城ではこちらも採用されました。

              そして「酸素同位体比年代測定法」という、酸素安定同位体2種の比率変化を基にした方法も丸岡城の調査に採用されました。 ↓◆↓の方法を複合した結果、丸岡城の通し柱をはじめとする多くの部材が、1620年代後半以降に伐採されたことがわかったそうです。

              天正年間の城主は柴田勝豊(柴田勝家のおい)、寛永年間の城主は本多成重(丸岡藩初代藩主)であり、後者の入城(1624年)以降に整備された可能性が高いと同調査研究委員会では判断しています。では、その違いが何を意味するのでしょうか。続きはその2にて。

              Fukui レポーターズご一行の来館(190317)

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                みたびKです。今日は昨日とはうって変わって、冷たい雨の降る花冷えの日です。東京では桜の開花宣言がありましたが、こちらは例年通り4月に入ってからの開花となりそうです。



                さて、近隣の小中学校では今日が終業式のようですが、福井県内の公立学校には約120名のALT(Assistant Language Teacher)がいることはご存じでしょうか?先日、当館を訪れたFukui レポーターズご一行には、福井県内に在住しているALTや留学生の方々がおられました。Fukui レポーターズとはSNSを通じて、福井県の産業や観光情報等の魅力を発信してもらう外国人モニターのような企画です。



                福井県職員として勤務されているZoe(ゾーイ)さん(アメリカ出身・ゾーイはギリシャ語で生命という意味があるそうです。素敵ですね)に通訳いただいたので、館内でKが英語を発する場面はほとんどありませんでしたが、その分「中身」を外国の方々にも理解いただけるようにアレンジして説明させていただきました。



                例えば、縄文時代や縄文人という単語は、日本人ならば小学校6年生で習いますが、全く未知のものであるはずです。三方五湖の写真や埋没スギを示しながら、昔から湖のほとりで人が生活し、この埋没スギにも手を触れていたかもといった話をしながら、自然に縄文の世界観に入っていけるようにしました。



                丸木舟展示コーナーでは、かつて当館を見学いただいた横綱 白鳳関がガラス床の上を歩いても平気だった話題を紹介しましたが、「Most famous Sumo wrestler Hakuho.」と説明しても、あまりピンと来てくれませんでした。「From Mongolia」と言い添えると「AH!」と気づいてくれた方もおられました。



                各地から石器石材の運ばれた経路を示した日本地図で、「東京に行ったことがありますか?」と尋ねると、ほとんどの方が手を挙げてくれましたが、日本の広さが把握できていないようで、遠くから石材が運ばれていることはよくわからないようでした。これは外国の遺跡でKが説明されても同じだと思います。



                鳥浜貝塚の貝層でシジミの殻を示しながら、「私がこのシジミだけで1日分のカロリーを採ろうとすると、2700個食べなければならない」と言ったところ、笑ってくれました。こういうアメリカンなジョークはウケるのかもしれません。



                国際的に有名になった日本の寿司ですが、魚自体の名前はあまり知られてないようで、ブリを英訳するときにZoeさんも困っておられました。マグロ=ツナは日本人でもわかりますが、他の魚名はKも勉強しなければなりません。



                展示の最後の方に、ひっそりと男性のシンボルである石棒が展示してありますが、女性のシンボルである土偶と対比しつつ「これ(石棒)を、中学生の女の子に私はうまく説明できない。でも男の子は喜んで聞いてくれる」と説明したところ、ウケてくれました。古今東西、少なくとも大人の入館者には、こうした話題は歓迎されるようです。



                Fukui レポーターズの方々は年縞博物館もご見学され、それぞれSNSに記事としてアップしてくださいました。今後もこうしたお客様は大歓迎ですが、通訳なしでうまく説明できるよう頑張ります。

                獅子頭の帰還(190318)

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                  たびたびKです。この2週間ほどは、縄文博物館運営協議会があったり、町内天然記念物の被害確認があったり、若狭町文化財保護審議会があったり・・・となかなかに気の抜けない日々でした。いやぁ、「気の抜けた日々」を送るのは年を取ってからでいいという話もありますが。



                  さて、ジェダイの…ではなく獅子頭の帰還の話題です。民俗資料である能登神社の獅子頭を先日ご返却いただきました。貸出先は福井県立若狭歴史博物館ミニ展「若狭路の獅子頭」です。同館K館長自らの企画です。



                  当館が保管をしている能登神社の獅子頭は、古い方のもの(元文5年・1740年)で、毎年4月15日に行われる能登神社の祭りでは新しい方を使用しています。ミニ展には各地の獅子頭が展示されておりましたが、「いかにも獅子頭」というものもあれば、「これって獅子頭なの?」という変わった形のものもあり、楽しめました。



                  若狭地方には春の祭りで獅子舞を行う地区が多いのですが、厳密には獅子「舞」ではなく、獅子「ただ着いて行く」という地区もあります。K館長にお聞きすると、王の舞や田楽など、他に見せ場のある行事が多くて獅子頭の出番がなかったのかも、とのことですが、由来も含めてわからないことが多いそうです。

                  十善の森古墳の玉類の帰還(190314)

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                    おはようございます。Kです。昨日3月21日は春分の日でした。「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉通り、とても暖かい春の日でした。祭日ということもあり、多くのお客様で縄文ロマンパーク周辺もにぎわっておりました。



                    その1週間前3月14日は「ホワイトデー」でした。実は当館職員のうち2名の誕生日ということもあり、別の意味でも「めでたい日」だったのですが、若狭町歴史文化館の展示品が無事に戻ってきた日でした。何のために、どこに行っていたかと申しますと・・・



                    古代歴史文化協議会という、古代歴史文化にゆかりの深い埼玉県、石川県、福井県、三重県、兵庫県、奈良県、和歌山県、鳥取県、島根県、岡山県、広島県、福岡県、佐賀県、宮崎県の14県で構成された団体があります。2014年11月5日に発足したこの協議会が、共同調査研究を通して、「日本の大きな古代史の流れを解明し、その成果を広く発信する」ために、十善の森古墳出土のとんぼ玉をはじめとする玉一連と復元金銅製冠帽が貸し出されたのです。



                    その共同調査研究の最初のテーマは「古墳時代の玉類」でした。年2回の研究集会を4か年行い、今年度は成果図書『玉−古代を彩る至宝−』が発行され、展覧会「玉−古代を彩る至宝−」が開催されました。展覧会は江戸東京博物館(東京)、九州国立博物館(福岡)を巡回し、約5か月ぶりに資料が帰還しました。



                    展示担当者によると、各地の玉類が合わせて2万点以上並んだ中、青いガラス玉をちりばめた復元金銅製冠帽は、目玉の展示となったそうです。ありがたいお言葉です。江戸東京博物館では、ジュエリー関係者の注目も集めていたとのことです。現代の宝飾品関係者の目にも、「古代の至宝」は輝いて見えたようです。



                    全国的な展覧会に出品できる(と自負する)資料が、若狭町歴史文化館にはいくつもありますし、その出品実績もあります。若狭にお出かけの際はぜひどうぞ!

                    ふじのくに地球環境史ミュージアムボランティアの会ご一行様(190307)

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                      みたびKです。DOKIDOKI会は、当館に関わるボランティア的な活動をして下さる団体ですが、他館にも同様の団体を組織しているところが多くあります。



                      静岡県立の博物館であるふじのくに地球環境史ミュージアムもその一つです。ボランティアの会は登録数が約100名おられ、3月7日には43名の方々が当館にご来館されました。年縞博物館と「はしご」してくださる、ありがたい、ありがたいお客さまです。



                      随行された、ふじのくに地球環境史ミュージアムのY教授は、環境史学、自然地理学がご専門で、水月湖年縞の研究チームのお一人でもあります。以前、DOKIDOKI会がミュージアムにお邪魔した際も、楽しい解説で喜ばせてくださいました。今回は、Kがお迎えする番です。



                      2回に分けて、二つのグループを案内させていただきましたが(半分は年縞博物館を見学し、入れ替え)、みなさんは流石に興味関心が高く、いろいろとお話もさせていただきました。両館合わせて2時間ではもの足りないぐらいの盛り上がりでしたが、遠方からのご来館だったので、長時間のバス移動で大変だったと思います(特に事務局)。



                      ふじのくに地球環境史ミュージアムもすばらしい博物館ですので、再訪したいと考えています。このブログ読者のみなさまもぜひご来訪を!

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